賀詞交換会で君が代を歌うということは・・・

2004年10月19日 10時11分 | カテゴリー: 活動報告・日誌

10月15日、第三回定例区議会最終日深夜、これまでずっと継続審査の扱いで決着を避けてきた「新年賀詞交換会での君が代斉唱」問題に、本会議での起立採決でピリオドを打ち、良識ある練馬区のイメージがまた一つなくなってしまいました。

毎年1月7日、豊島園の特設会場に新年を祝って、区内の様々な立場の方々が、一堂に会し交流する賀詞交換会は、練馬区と区議会の共催で行われてきました。区議会は思想的にも多様な方々が、それぞれの立場を代表していることを尊重して、君が代を歌わないできました。歌えば辛くなる人々がいるからです。
1999年国旗・国歌法が制定されてから、君が代を歌おうという声が大きくなってきました。しかし、岩波区長の時代には歌わないでという声に配慮して、区長が自ら、歌うという提案を取り下げたこともありました。

昨年も志村区長は、歌いたいが議会の意向次第だと提案してきたのですが、私達の反対の申し入れを受けて、例年通りということに収まったのです。その後、区では成人式と区民表彰式で、君が代を歌うことを決定し、既成事実づくりをすすめました。
今年も区長提案で区は歌いたいが、議会の意志はどうかと、決定を迫りました。9月、10月の、議会運営委員会と企画総務委員会で、この陳情審査が行われましたが、十分な審議もないまま、どうせ平行線だからということで、挙手による採決が行われたのです。(民主主義は多数決だといって・・・)私達は、この問題は個人の内心の自由に関わるので、採決はなじまないと主張しましたが、委員長の仕切に従い採決に応じました。本会議では、橋本さんが、意見が二分されている状況で、歌うことは、憲法に保障する内心の自由を侵し、議会制民主主義の前提は基本的人権の尊重だと反対討論をしましたが、多数決で歌うことに決められてしまったのです。

しかし、外国籍ながら区政に協力している友人たちも参加する新年賀詞交換会で、彼らを苦しめた歴史的背景を持つ君が代を歌うことにはどうしても同意できません。今、教育現場で起きている国歌斉唱の強制や処分など、非教育的状況を知っていながら、無邪気にその歌は歌えません。
賀詞交換会で君が代を歌うということは、新年早々、悲しい思いをする区民をつくり出すということなのです。